JJF1999 レポート

岡田琢身 JJFトップページ

1999/10/29

 始めに、今日はもともと休暇にしていて朝から新幹線で東京に行く予定だったが、前日に仕事が入ってしまい、午後半休にして、正午に大急ぎで家まで帰って荷物を取って、新神戸から東京に行く。

 東京駅から中央線に乗り換えたり、新宿から京王線に乗り換えて府中に行くが、東京の交通は多すぎてよくわからない。

 会場までは府中駅から歩いて10分もかからなかった。開演30分ほど前に会場についた。規模としてはキャパが200人くらいのホール、丁度レクザンを見に行ったヘップホールくらいだろうか、これだと度の席からでもパフォーマンスを見ることが出来る。

 まずは大阪の湯浅さんがいた。久々に会ったので色々話す。後は関西のメンバーや、石川健三郎さん、徳重さんもいた。

 いよいよ開演、席は後ろのほうにした。それでも十分パフォーマンスを見ることが出来る。まずはマイケルメネスの足のコンタクトジャグリング、これは以前IJAか何かのビデオで見たことがある。生で見たらやはりすごい。次にジェイギリガン、とショーは2人が交互にどんどん行っていく。詳しい内容はほとんど覚えていないが、前半は見せるのに撤し、後半は技に撤していたと思う。最後はジェイギリガンの5クラブ、クラブを見たところプラスチックの軽い奴みたいなのでやりにくいのではないか、と思った(しかし後ほど彼とパッシングをする機会があり、持ってみると重さも普通のクラブだった)。

 とにかく感じたのは、ジェイギリガンがニコニコしているのには驚いた。IJAのビデオではいつもむすっとして、これは意外だった。

 ショーが終わり、府中青年の家で宿泊する人は車に乗って宿泊所まで行き、各部屋に分かれる。私の部屋ではディアボロ大会、ボール大会、ロープ大会などが開かれ、ほとんどBreakOutみたいになってしまった。しかしディアボロを出すときに、ハンドスティックならびにデビルスティックを部屋に忘れてしまったことに気づき、同室の松浦さん(マラバリスタ)にフェスティバル中ハンドスティックを貸していただく事にする。なぜかストリングは10m以上持っていたので、ストリングを付け替えて使う。

1999/10/30

 起床後、朝食の用意が出来ていないとの事で、中嶋さんの車で駅近くのコンビニに行き、朝食を買ってから戻って食べる。その後荷物を持って体育館に行き練習を始める。途中でジェイギリガンとマイケルメネスがやってきた。京都の後藤君はジェイギリガンとお友達になっている。こういうときに英語が出来たら、と思う。

 体育館ではショップが2件(むごん劇カンパニー、ナランハ)出ているものの、私はお金を下ろしておらず、クレジットカードも使えないとの事で、今回は物品の購入をあきらめる。来週静岡に行ったときにでも買おう。

 そうこうしているうちに、どんどん人が集まってきた。マラバリスタの人はみんな凄い技を持っている人ばかりだ。クラブも難しい技を連発している。チャンピオンシップに私も出場するつもりだが、彼らが出てきたら優勝することは出来ないだろう。

 ワークショップも始まってきた。興味のあるものだけは受講して、後は個人練習をする。

 誰かがジェイギリガンとパッシングをしている。相手がうまい人だとこちらも楽にできるので、私も相手してほしい。

 昼食後、チャンピオンシップの受け付けが始まったので、私も申し込みに行く。どうやらマラバリスタの人は青野さんしか申し込んでいないようだ。また、チームも1チームしか申し込んでおらず、今申し込むと日本で2番が確定とも考えるがやめておこう。

 申し込んだ後はひたすらチャンピオンシップに向けての練習を行う。仕事が忙しく、帰ってくるのも12時を越える毎日で練習がほとんどできず、ディアボロを曲に合わせるのも今回が初めてだ。会社の通勤、帰宅途中にずっと曲を聴き、イメージトレーニングは怠らなかった。

 けん玉に関しては触るのが1週間ぶりくらいになるだろうか。なんせ帰ってくるのが深夜で、音が響くのでマンションでは全く練習していない。それでも長い間やってきて体が覚えているので何とかなっているみたいだ。

 クラブバランスのルーチンに関しては、効果的に見せることを考えた結果、技の順番を変えてみることにする。

 チャンピオンシップの申し込み寸前に静岡の酋長さんがやってきた。会うのは久々だ。彼もチャンピオンシップに出場するとのことだ。これで個人戦6人、チーム1チームとなった。

 夕食はなんか脂っこいものが多く、全部食べると本番中にしんどくなりそうなので、悪いと思うが半分くらい残す。

 再び体育館に戻り、最後の練習を行う。出場者に対する注意事項等があり、その後本番用に着替える(と言っても下はジャージ、上はIJAのTシャツ、バンダナをかぶるだけだが)

 いよいよ本番、私は記念すべき第一回目のチャンピオンシップをビデオに納める。まずはトップバッターは大阪の森田さんだ。今日中に帰るというのトップバッターになった。シガーとディアボロはうまい。

 次にマラバリスタの青野さん。ボールではマニアックなことをやっている。多分彼が優勝するだろう。観客の受けもよかった。

 そして次に私だ。まずはディアボロをする。使用した曲はADIEMUSの曲だ。最初、ルーチンを考えていたが忘れてしまい、やろうとした技も抜かしてしまった。しかしリキャプチャーのつなぎ、スティックグラインドピルエット、指乗せなど、今までになかった技や難しい技も見せることが出来た。ディアボロMLから情報を仕入れたり、難しい技が載っているページから技を盗んだ甲斐があった。それにしても照明に関して、やっているほうはとても暗いと感じた。まあ、数回失敗はあったものの十分な出来だったと思う。

 次にクラブバランス。3本クラブだととてもかなわないので、最初から2本のクラブバランスだけにする。照明が暗いせいか失敗の連続だった。しかし最終的に全部の技を見せることが出来たのでよしとしよう。

 最後にけん玉。照明が暗すぎて玉の穴が見えず、失敗しまくった。はっきり言って出来は50点くらいだろうか。本番で成功する技ばかりを選んだのだが、失敗の連続、まあ仕方がない。練習不足も原因だろう。

 何はともあれ私のパフォーマンスが終了し、出来が悪いことにショックを受けながらもビデオ撮影を続行する。

 次は松浦さんのグローボールとハット、酋長さんのボーリングボール、味元さんの皿回しとデビルスティックで個人戦は終了。

 個人戦は以上6人の参加で、審査員(観客全員)が審査をして集計、次にチームのパフォーマンスとなる。チームはマラバリスタのSYSTEM7で、クラブパッシングが異常にうまいチームだ。感じとしてはダブルトラブルのようなパフォーマンスだ。最後に9クラブでしめる。

 集計も終わり、いよいよ結果発表に入る。第3位は森田さん、第2位は青野さん、そして1位は私であった。

 次にチームの結果発表。これは1チームしかないので、会場全員の拍手で決める。当然のごとく割れんばかりの拍手が会場を包み、彼らの優勝が決まった。ミスもあったが、ミスを少なくすると、恐らくIJAのチーム部門でも本選に行くことが出来ると思う。

 それからジェイ・ギリガンとマイケル・メネスの高評のあと、無事チャンピオンシップも終了した。

 それからつぶつぶオレンジのネタの練習を見たり、ジェイ・ギリガンの6クラブ(安定していた)を見たりする。

 ジェイ・ギリガンはけん玉を気に入ったようだ。どうやらやりたいとの事を言われ、どこで売っているか聞かれる。「東京で売っている」と答えると、「空港でもあるかな?」と言われたので土産物ならあると思うので「多分あると思う」と答えておいた。

 それから風呂に入って寝る。

1999/10/31

 いよいよ今日が最終日、楽しかった時間も終わり、再び日常生活へと戻っていく。

 部屋を9時には空けなければならないと言うので、荷物をまとめて体育館へと移動。まだ誰も体育館には来ておらず、とりあえずカーテンをあけて室内を明るくする。

 そのうちにぞろぞろ人が来だした。今日はジェイ・ギリガンのワークショップもあり、これはビデオに収めなければならない。他のワークショップも受けてみよう。

 クラブパスを練習していると、相手の人がジェイ・ギリガンに頼んで、3人で練習する。彼のクラブは見た目はプラスチックの軽いものかと思ったが、実際には普通の重さがあった。とてもいい経験が出来た。

 フリーパフォーマンスステージに松浦さんが出ると言うので、私もついでに出てみることにする。出し物はデビルスティックにする。家に忘れて来たので、ナランハで購入。ついでにディアボロのビデオも買う。これにはヨーヘン・シェルの若かりし頃も乗っている。これは楽しみだ。

 ジェイ・ギリガンのワークショップの後、特別にマイケル・メネスもワークショップを開いてくださると言うので、私も参加、と言うより全員参加していたみたいだった。しかしクラブスインギングはすぐに疲れてしまった。やはり若い者とは体力の差があるのだろうか?ちょっと寂しくなる。 その後松浦さんのボールのワークショップを受ける。さすがに技はもちろんのこと教え方もうまい。もしも私がワークショップをしたら、教え方がうまくないのであまりよくないワークショップになってしまいそうだ。

 いよいよフリーパフォーマンスステージとなる。10組くらいの参加があり、同室の松浦さんの司会の元、いろいろなパフォーマンスが行われる。一番面白かったのはやはり松岡さんのルーチンだ。淡路島の時と全く同じルーチンで、一番受けていた。マラバリスタの人のクラブもジェイ・ギリガンばりのテクニックで驚かされた。松浦さんのオリジナルもめちゃくちゃ受けていた。やはり彼にしか出来ない技だ。一応私も買ったばかりのデビル&クラブでのデビルをやったが、あまり受けなかったみたいだった。

 結局のところ賞は当然のごとく松岡さんと2人組のボールをやった人だった。

 その後、青野さんの司会でゲームが始まる。いろいろあったが、冠落とし(3つのクラブを組んで頭にかぶり、相手の体を触ったりして相手の奴を落としていき、最後に残った人が勝ち)では、クラブを落とさずにすばやく歩く要領を掴み、ちょこまか歩いて行き、背後から相手をゆすって、まずは強そうな人をどんどん落とすも、最後には自滅してしまう。これはまたやりたいゲームだ。

 クラブバランスは、鼻でバランスを取り、ラスト5人ほどまで残るが、やっぱり自滅してしまった。

 コンバットはすぐに自滅してしまった。やはりマラバリスタの人は強い。関西でもどんどんやれば、そのうちに決勝まで残る人も出てくると思う。

 ディアボロバスケットボール、これは10mほど離れた箱にディアボロを投げ込む競技で、最初私のディアボロがあと少しで入りそうだったが、誰も入らずにどんどん距離を短くしていき、4回目ほどで優勝者が決まった。距離感を掴むのが難しい。

 サイモンセッズ、しょうもないところでミスってしまい、すぐに終わってしまった。

 結局のところ、全てのゲームでマラバリスタの人が優勝してしまった。関西も次はがんばらねば。

 フェスティバルも終了し、総会が外の駐車場で執り行われた。これからの協会の発展を期待したいところだ。

 毎年フェスティバルを行い、チャンピオンシップに凄い人間が現れ、そのうちにIJAのチャンピオンシップで決勝進出、そしていつの日か優勝出来る日が来ることを祈りたい、いやいつか出てくるであろう。

 その後、松浦さんと松岡さんと私で新幹線に乗って帰る。そして日常生活へと戻っていった。

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